「富岡製糸場と絹産業遺産群」世界遺産登録10周年記念 国際シンポジウム
「富岡製糸場と絹産業遺産群」世界遺産登録10周年記念 国際シンポジウム

概要

「富岡製糸場と絹産業遺産群」
世界遺産登録10周年記念
国際シンポジウム

絹の歴史と文化を未来に紡ぐ
ヘリテージ・エコシステムに向けて:遺産、地域、持続的発展

Ⅰ. 背景

【富岡製糸場と絹産業遺産群の10年】

 2024年は「富岡製糸場と絹産業遺産群」の世界遺産登録から10年の節目にあたる。富岡製糸場、田島弥平旧宅、高山社跡、荒船風穴の4つの構成資産から成るこの世界文化遺産は、主に次の視点から、世代を超えて継承されるべき人類共通の遺産であるとされた。

 登録から10年、群馬県内では民官の協力の下、構成資産の保存整備や公開の推進が図られると共に、世界遺産以外のものについても日本遺産「かかあ天下 ―ぐんまの絹物語―」として情報発信を行う、群馬絹遺産の登録の仕組みを設ける等の取り組みが行われてきた。県内の絹産業の振興や、絹文化を伝える教育活動にも取り組まれてきた。

 しかし、現在、養蚕は東北及び関東を中心に小規模産地が残るのみである。繭生産量や生糸生産量養蚕の全国1位を保つ群馬県にあっても、養蚕、製糸、機織に関する記憶や遺産は急速に失われている。昭和初期の最盛期に全国で約220万戸を数えた養蚕農家戸数は、2014年に全国393戸、県内140戸、2023年には全国146戸、県内55戸にまで減じている。

【奈良文書から30年】

 2024年は、世界文化遺産奈良会議が1994年に開催されてから30年の節目となる。奈良ドキュメントは、現代社会における文化と遺産の多様性を尊重するニーズに応える国際宣言として受け止められたが、その10年後の2004年に採択された大和宣言では、有形文化遺産と無形文化遺産の相互依存性と相違点を考慮しつつ、相互に有益で補完し合える統合的アプローチを練り上げる必要が共有された。

 「富岡製糸場と絹産業遺産群」が登録された2014年は、世界遺産登録数が1,000件に達しようとする中で、遺産が益々多種多様となり、その管理における地域社会との関りがさらに重視されるようになった時期であった。その同じ年に、世界遺産のオーセンティシティを社会との関係で捉え、保護、価値、ステークホルダー、合意形成、持続的発展の5つの視点から継続的に探求する必要が、世界5地域の専門家と共に、ここ日本から「NARA+20」として提言された。

 時代が移り変わる中で、ある産業の盛衰に関わる世界遺産は、どのように継承することが地域にとって、また人類全体にとって望ましいのだろうか。世界遺産登録から10年、「富岡製糸場と絹産業遺産群」が直面している課題は、オーセンティシティを通して国内外の多くの世界遺産が向かい合っている課題でもある。

Ⅱ. 会議の目的

 現在は、遺産が生まれた時代とは異なる社会経済的環境にある。しかし遺産は、現在および将来に向かって過去の様々な情報を伝え、インスピレーションをもたらす源泉、宝庫である。それゆえ、我々が未来に目を転じる時、遺産の特徴や特質を保ちつつ、地域社会が遺産に経済的、社会的、文化的、環境的、教育的、技術的等の多様な付加価値を加えながら、サステナビリティをどう実現するのか、というオーセンティシティのもつ普遍的な課題に向き合うことになる。

 本シンポジウムでは、この課題について、世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」を題材に、ヘリテージ・エコシステムを切り口として参加者とともに考えたい。ヘリテージ・エコシステムとは、自然をも含む、遺産と関わりのある地域の豊かな文化的環境を成り立たせる多様な要素の循環関係や有機的な関係全体を意味するものと理解する。そして「富岡製糸場と絹産業遺産群」の世界遺産としての保護と、県内関係各地の地域振興を共に果たすための方向性や目標、方策について討議する。また世界から本会議に寄せられる関連事例や知見を基礎に、最終的には「富岡製糸場と絹関連産業遺産群」のこれからの10年に向けた指針を取り纏め、さらには世界を見据えた「Gunma Declaration (群馬宣言)」(仮称) を発表する。

Ⅲ.議論の枠組み

 社会経済環境の移り変わり、地球環境の変動、科学技術の進歩等の中で、オーセンティシティの抱える上記の課題を受け止めるヘリテージ・エコシステムを、如何に形成し、醸成し、持続することができるのだろうか。

 本シンポジウムでは、「富岡製糸場と絹産業遺産群」を取り巻く現状や課題に即して、遺産、地域社会、持続的発展を横断的な問題意識としながら、以下の4つのサブ・テーマを設けてテーマ別セッションを行う。

  1. 近現代建造物と産業遺産の保存と整備
  2. ヘリテージ・エコシステムの仕組みと制度
  3. ヘリテージ・コミュニティの形成と役割
  4. テクノロジーと遺産の未来

総合討議では、各セッションの議論を統合し、ヘリテージ・エコシステムを持続するための方策、課題、モニタリング、評価等について検討する。

【1】近現代建造物及び産業遺産の保存と整備

 ヘリテージ・エコシステムの中核は、遺産そのものである。2020年に完了した国宝 (建造物) 富岡製糸場西置繭所の保存修理事業では、現代技術も活用しながら、保存、防災、公開、活用を統合的に図る処置が試みられた。富岡製糸場では、まだ多くの重要な建造物が保存修理や活用整備を待っているが、諸外国の近現代建造物や産業遺産の保存整備の現状はどうなっているのだろうか。どのような課題を抱え、その課題はどう解決しているのか。世界の知見を集めてキーワードとして掲げるような事項を検討し、今後に活かすことが求められる。

[キーワード]

【2】ヘリテージ・エコシステムの仕組みと制度

 ヘリテージ・エコシステムは生成中の考え方であるが、群馬県では、世界遺産のみならず、有形無形の多様な絹産業関連遺産の顕彰や啓発に取り組み、ヘリテージ・エコシステムのシーズを随所においてきた。今後は、これらの遺産が果たしてきた多面的な機能や役割を顕在化しつつ、外部的要因からのインパクトやより多くの人や団体が主体者や関係者であることを自覚し、ヘリテージ・エコシステムの形成や拡大に寄与することが望まれる。キーワードとして掲げるような事項を、国内外の事例を通して検討し、仕組みや制度の充実を図ることが求められる。

[キーワード]

【3】ヘリテージ・コミュニティの形成と役割

 遺産そのものと並ぶヘリテージ・エコシステムの中核がコミュニティである。「富岡製糸場と絹産業遺産群」の継承に向けたヘリテージ・エコシステムの構築のために、多数の人や団体が関係し、絹を中心としたスタートアップも勃興中である。様々な立場、権利、価値観等が入り混じる中で、遺産と地域の持続的発展に向けて合意形成、連携協力が図れるコミュニティを形成、拡大、発展させていくためには、例えばキーワードとして掲げるような事項を、国内外の事例を踏まえて検討することが求められる。

[キーワード]

【4】テクノロジーと遺産の未来

 技術交流と技術革新は、「富岡製糸場と絹産業遺産群」の OUV 理解のみならず、今後の継承を考える上でも不可欠な視点であり、ヘリテージ・エコシステムの将来を支える柱になりうる。先端的なデジタル技術を始めとしたテクノロジーの進歩とその活用について、例えばキーワードとして掲げるような事項を検討することにより、遺産の未来とそれを支えるヘリテージ・エコシステムの可能性を広げることが期待できよう。

[キーワード]